イノベーションの風に吹かれて

Katsushi Yamashita, IBM Distinguished Engineer, Member of TEC-J - IBM Academy of Technology

言語(CODE)と認知(Cognitive)

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テッド・チャン原作「あなたの人生の物語」の映画 メッセージ(原題ARRIVAL)をみてきました。映画を見てから原作を読み直してみたりして、なかなかいい映画だったなと思いました。映画だからドラマにしなくちゃいけないところも、上手に見せてくれました。原作で面白かったのは「光は空気中から水中に進む間に屈折して進むが、光にとってその屈折した経路が最短時間で目的に到達できる経路である。光は進み始めた時にはすでに到達すべき点と経路を知っている=未来がわかってる」という話です。実際は光は波動だから曲がってしまうのであって未来がわかってるわけじゃないんですけど、そんな物理的な現象と時制を扱う言語をからめてお話を作り出せるって本当に天才なんですね。

この言語を題材にした映画を見て、Future Society 22でSYGMAXYZの柴沼さんとの対談や東大の江崎先生と話してきた「コード化する未来」について、言語と認知いう側面から考えることができたので書いてみます。

Future Society 22でのブログ記事はここ↓

http://www.future-society22.org/blog/d5c9b7b159a

 

まず、考えたのは言語は思考を支配できるのかということです。物語は言語をめぐる謎解きが中心なのですが、時制を超越した言語が未来を予想する認知能力をもたらします。この映画では言語が認知をもたらしている世界を描いています。

 

私たちにとって言葉と認知はどういう関係にあるのでしょうか。ユヴァル・ノア・ハラリのサピエンス全史では人類の発展過程を1.認知革命→2.農業革命→3.科学革命と考えて、そもそも人類は認知革命によってものを考えてそれを伝える技術によって生物の進化をはるかに超える進化の速度を獲得したのだと言います。知恵や行動を言葉にして表し、伝達する能力です。旧世代の大型動物が進化によって獲得できる能力よりも狩をする側の知恵の伝搬速度があまりに大きすぎることが、大型生物の殺戮につながりました。江崎先生のインターネット・バイ・デザインではジャレドダイヤモンドの銃・病原菌・鉄に触れられていますが、そこでは文明の発展過程を1.農耕・家畜→2.工場・物流→3.インターネット・コンピューターというように考え「物」という物理財産からその設計や制御を行う「コード」という知的財産へ価値が劇的に移行する、と言いました。インターネットによる開放型システムへの改革によってコードの重要性を見ることができます。このことから、人類文明は認知した知見を言語=コードとして拡散することで発展したということがわかります。インターネットが広く平等に拡散する能力をもたらしたことで、ソフトウェアが爆発的な発展を遂げたのも納得できると思います。

 

未来学者のアルビン・トフラーはかつて、「人間の妄想そのものがソフトウエアの力によって広がっていく」という趣旨のことを言っていました。国家の仕組みや行政のソフトウェア化が進んでいるなかで、社会における規則や法律、普遍的な習慣である倫理もコード化できる可能性があります。江崎先生は「データは誰のものであるか」という問いに「自分のデータは病院でも医者でもなく自分のものである」と喝破しました。ローレンス・レッシグは2007年 CODE2.0でインターネットの通信網の上にアイデンティティのネットワークが構築されると予想しましたが、個人をアイデンティファイできる個人認証の仕組みこそが行政の要である戸籍であると考えて、その上で社会のソフトウェア化という仕組みを考える必要性を強く感じます。ソフトウェアが世界を覆い、CODEが社会を構成するようになった社会では明文化できるコンピューターで処理できる形になったあらゆる規範がCODEとして流通するようになります。それは今も続く認知革命の媒体の変化です。大量で高精細なCODE化された情報と言語が人工知能による認知の能力を高めていくのだと思いますが、その人工知能の認知を制御できるのもまた人工知能の助けが必要なのだと思います。

 

人間としての認知や判断は言語によるか、ということを考えさせられるのはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン先生のファースト&スローです。人間の判断システムは二つあり、狩猟民族時代から身についた直感的判断を行うシステム①と文明以降人が編み出した論理的思考を行うシステム②で構成されているとしています。せっかちで誤りをおこしやすいシステム①となかなか起動せず怠惰であるけど論理的なシステム②を動員して人間は判断をしているようです。システム①が反射的に下した判断を反芻し言い訳を考えて理屈を作り出すことで言語化しているという面があります。つまり、そういう時の判断は言葉によって行われないで、認知が先にあってあとから言葉というもので辻褄を合わせているのだと思われます。つまり人は考えて行動するのではなく、行動してしまってから言葉で考えているようです。そういう意味で言葉が認知を制御するということはとても難しいと感じられます。人は言葉に支配されない認知を有する以上ジェームス・バラットの言うような人工知能が人間の支配を超えて文明を破壊するということは起こらないと信じたい。

 

人間が行う判断を社会学的な外部とのインターフェースで解析したファースト&スローですが、人間の脳細胞を模写していく内部的な取り組みにも成果があることが期待されます。IBM SYNAPSやTrue Northというコンピューターチップは脳細胞の動きを模倣することで、高効率な判断システムを実装しようとする取り組みです。内部的にはNVRAMを中心としたメモリー中心型のリフレッシュクロックのないプロセッサーアーキテクチャーをとっていて極低電力動作が期待されますが、脳の全てを模倣できるわけではありません。また、畳込み層を持ったニューラルネットで構成される人工知能は、大量のデータを分類蓄積して判断を行うため内部がブラックボックス化しやすく(本当にブラックボックスなわけではなくて人間の認知限界を超えたデータ量があるということだと思うけど)、CODEによる判断が認知できないというジレンマを抱えることになっています。4K/8Kというような映像技術によってデータ化された動画からは、人間には見えない点から写っている対象物を理解することができると言います。経済産業省産業構造審議会でYahooの安宅和人氏は「シン・ニホン AI ×データ時代における日本の再生と人材育成」のなかで、これからのシステムは「これまでとはケタ違いにメッシュの細かいユーザー理解に基づいた価値を提供する」と指摘しています。

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_sangyoukouzou/pdf/013_06_00.pdf

 

このように考えてみると、CODE中心の流通量が爆発的に増え情報処理量が増大していくことに対してまだ情報科学は追いついていないところがあるように感じます。先に述べましたが映像解析技術は高度化するのだろうと思いますが、人間の可視光線を超えた周波数や温度などの情報をどう学習していくのか、というようなことを考えると学習にかかる労力と費用は莫大であるし、実用的な速度やスループットというような技術的な課題も山積しています。今、この分野で研究開発を行うことはこれからのCODE中心の世界に開拓をもたらすのではないかと考えています。