イノベーションの風に吹かれて

山下技術開発事務所 (YAMASHITA Technology & Engineering Office, LLC)

「電気通信事業における競争ルールの包括的検証」レポート(前半)

Interop Tokyo 2019で東京大学の江崎先生がチェアをされた総務省総合通信基盤局の谷脇局長による「電気通信事業における競争ルールの包括的検証」を総括するというセッションに参加してきた。非常に中身の濃い内容なので、前後編に分割してメモしておくことにする。前半は総論とオンラインプラットフォーム規制について、後半はネットワーク中立性議論を中心にまとめる。

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電気通信事業における競争ルールの包括的検証

以下は谷脇局長の講演の骨子をメモしたもの。私の理解が追いついていないところがあるかもしれないので、誤りは忌憚なくご指摘願いたい。

 最初に、G20貿易デジタル経済大臣会合@つくばにおいて議論された、DFFT(Data Free Fow with Trust)について江崎先生から問いかけがありここから議論がスタートした。DFFTはデータの流通を信頼できるという前提で促進しようという考え方である。米国のFree Flow「データは基本的に自由である」という基本理念は同一にしながらも、やはりインターネット上のデータのAbuseもあるので、そこを信頼できるようにしたいということだ。欧州のようにGDPRで個人情報流通を厳しく制限したり、中国のように金盾で殻に閉じこもったりする選択と、多国間のグローバルな視点でデータ流通の信頼を取り戻すという選択があり、当然、日本は後者の立場を取るということだ。政府レベルでこの領域に足を踏み出したことは非常に重要だ。サイドストーリとして江崎先生が指摘したのは、NTT Communicationsがアメリカでスマーターシティプロジェクトを進めることができたのも、日本のキャリアとしてデータは収奪しない(通信の秘密)という立場を堅持したからだという面もある、という点だ。


谷脇局長は最初に電気通信事業の現在の全体像を、データ主導社会の到来、電気通信事業法の課題、ネットワーク中立性という視点で総論を述べた。データ主導社会(Data Driven Society)において、サイバーフィジカルシステム(CPS)の閉じたループがもたらすデータの循環は非常に重要である。これまでの課題解決型のアプローチで行われてきた「情報化」というレベルの取り組みではなく、複数の領域をまたぐデータの流通が価値を生むと認識するべきだ。これまで、電気通信事業法は通信キャリアの公正な競争を促進するという視点で運用されてきたが、オンラインプラットフォームが大量のデータを独占的に保有活用しているという課題についても論じる必要がある。かつて取り組んだことのある「ネットワーク中立性」という概念をもう一度取り出して議論することがかなり重要だと思っている。かつての通信キャリアは設備産業でありハードウェアの通信容量が規制の対象であったが、現在はアプリケーションだけにとどまらず通信の高度な制御に到るまでソフトウェア化がすすみ、通信事業法のありかたも変わらなくてはならない。

 

オンラインプラットフォームには、インターネットのサイトだけではなくAndroid/iOSやID管理などの様々なレベルがある。それぞれのオンラインプラットフォームは各個別のサイトがユーザーの信頼を得ようと運営しているのは当然だ。しかし、オンラインプラットフォームは二面市場という特性がありネットワーク効果が相互に効くクロスネットワークエフェクトが働くと、クリティカルマスを超えた時点で指数級数的急速に市場を独占してしまうという課題が生まれている。また、オンラインプラットフォームで主として取り扱うデジタルデータは、ユーザーの増加に応じて複製のコストが下がり限界費用がゼロになる(利益独占も起こる)ことが指摘されている。日本では公正取引という視点からマーケットプレースが優越的立場を利用して出品者に不利な条件を与えていないかという点で議論が始まったところだ。これまで静観していた米国では民主党エリザベス・ウォーレン上院議員などが「グーグルやフェイスブックなどの巨大テック企業の分割」という公約を掲げるなどの動きもある。https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190313&ng=DGKKZO42383770S9A310C1TJ1000

 

グローバルなオンラインプラットフォームの規制について、国内の通信事業者に課せられている「通信の秘密」という問題や社会基盤としての通信の安定性の問題などがある。通信の秘密については国内事業者は通信利用者のデータを覗き見ることはできないと厳しく律せられているが、たとえばGmailはサーバーが国外にあるということで通信事業法の外にあるとされてきた。サーバーが国内設置されたら規制できるのかというとそこも難しく、国際的に分散配置されるサーバー機能のなにを規制できるのか、という課題になってしまう。そこで考えるべきことは通信事業法の「域外適用」というようなことになるのではないだろうか。通信の安定性について課題となるのは大きな障害を引き起こしたGoogleのBGPトラブルのようなことだ。日本国中が大きな被害を受けているにもかかわらず、原因企業であるオンラインプラットフォームにはインシデントの報告義務すらないという。

 

ソフトローは規制のあり方について重要な議論だ。オンラインプラットフォームの規制議論は技術進歩の早さという問題もあり、ハードな規制法を作るというのは速度的に馴染まない。ソフトローはco-regulation(共同規制とでも訳すのだろうか)という形で、ハードな公的規制と自主規制の中間に位置付けるものだ。これは規制対象企業が規制当局と協働して宣言的に自社のマニュフェストを作成し、規制当局は定期的に監査を行ったり情報公開を行ったりする考え方だ。欧州議会選挙を控えた欧州ではフェイクニュース(dis-information)についてFacebookGoogleに行動規範を作って公表させ、遵守状況を確認するレポートなどを出したようだ。こうした結果を踏まえた分析をもとに評価し法制度を検討するのがよい。

 

後半に続く