イノベーションの風に吹かれて

山下技術開発事務所 (YAMASHITA Technology & Engineering Office, LLC)

「2025年の崖」

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JISA先進技術実践委員会、ソフトウェア工学実践シンポジウムの基調講演タウンホールミーティングで経済産業省 商務情報政策局情報産業課 和泉憲明さんの解説を聞いてきましたので、感じたことなど書き留めておきます。

 

DX(デジタルトランスフォーメーション)はレガシーフリーな企業のためだけのものか。

IT業界、特にシステムインテグレーション領域では、レガシーアプリケーションの変革が進まない、システム保守に大きなワークが取られていて大きな更改ができないと言われています。システム保守に含まれるのは不具合補修や法令対応、マイナーチェンジなどのアプリケーション改修とシステムソフトウェアのアップデートなどです。アプリケーションは機能追加を繰り返すことで複雑化し、Dead Codeも増えています。これは適切なタイミングでリファクタリングをしてこなかった報いだとも言えます。Dead Codeは実際にはユーザーには使われていないのでアプリケーションロジックも解析できない闇となってアプリケーションの複雑さを助長します。

ビジネスシーンからの要求定義から戦略的ロードマップを作り細かく迅速に実装しながら、適切なタイミングでのリファクタリングすることが本質的な解決に繋がりますが、そういったリリースエンジニアリングやアーキテクチャガバナンスを確立する投資ができないことが停滞を呼んでいます。大きなシステム保守はハードウェアやOS、ミドルウェア、パッケージなどの老朽対応にも費やされます。欧米諸国においてはビジネスプロセスの変化が激しく、要求から実装までのデプロイパイプラインの構築やリファクタリングを戦略的に実行できているように感じます。リファクタリングと同時にインフラ部分の更改を行うために、システム保守はよりスムーズに行われているように見えます。当然バージョンアップされたシステムソフトウェアの新機能をよりよく使うこともリファクタリングの視点として重要視されます。しかし、日本のシステム保守はあくまでも受け身であるために、提供ベンダーからのシステムリフレッシュの要求に対応するだけの保守になってしまいます。アプリケーションになんの価値も生まないシステムリフレッシュ投資は経営からの信頼を失わせる最大の原因です。

こうした価値を生まないシステム保守の隙間にあるなけなしの費用を食いつぶしているのが「新しいことにチャレンジしなくちゃいけないシンドローム」というのも皮肉な話です。現在問題となっているのは、PoC死が多発、PoC疲れしてPoC貧乏に陥っているIT部門やデジタルビジネスイノベーション部の現状です。なにをしたいのかもわからないままデザインシンキングだ、AI、ビッグデータだ、クラウド、マイクロサービスだと闇雲に機能試験を繰り返していても、新技術を使うというよりはセキュリティや可用性などの非機能要件を検査しているようなPoCが多くビジネス変革には一ミリも近づいていないのが現状かもしれません。PoCの実行主体が旧態依然としたIT部門で、既存のシステムの非機能要件や古臭いセキュリティアーキテクチャにどう対応するかというような視点からは新規事業は生まれることはありません。

データの価値を見出すことができるか?

DXレポートの解説で欠かせないのはAmazon Goの分析です。DXレポートではAmazon Goの実態を「明日のことではなく、今進んでいる変革だ」として捉えています。すでに実店舗では新規顧客がたくさん来店しレジなし決済を体験しており、Amazonの1,000店舗展開に驚きを見せています。決済時間の体験記では、初来店では1時間程度あった決済までの時間が2回目、3回目の来店では段階的に高速化し瞬時の決済が行われるというパーソナルごとに漸近的なアプローチを取っていることが紹介されました。機能的な面ではカメラやマイクを利用した購買品目の検知がいかに正確であるかということに注目が集まっているようです。有人レジでも5〜10%程度の万引き等の在庫ずれは起こるので、正確な決済が直接的な利益に繋がるという価値評価でした。こうした価値評価はAmazon Goの、Amazonという企業のデータ戦略の分析としては少し稚拙な分析になってしまいました。Amazonの収集しているデータの価値に目を向けると、Amazon Goが収集しているデータは来店客の商品閲覧ルート、手に取っても買わなかったデータ、オケージョンごとに変化する消費者の選択などが消費者のプロファイルをよりリッチにし、Amazonへの顧客ロイヤリティを高めています。決済ロスの問題ではなく、有人レジのアルバイトがいい加減に選択する年齢層ボタンに比較して圧倒的なコンテクストデータを取得できるAmazon Goのデータ戦略をより重要視するべきです。

ROIを事前に確定できるプロジェクト

デジタルイノベーション事例として紹介されたのは、Microsoft社内財務部門の部門ITシステム開発事例でした。6人のIT専任部員が財務部門の部門アプリケーションをAgile開発しており、Azureの改善活動にも活用されています。マイクロソフトが扱う財務アプリケーションの改善によって生み出された遺失利益の回避、国際金融における利益確保などの金銭的な効果が高らかに報告される様子を報告していました。ROIの見える化は非常に大事だと思いますが、そういうことを喧伝すると、日本ではリターンの保証のないトライアルには誰も投資しなくなります。成功したプロジェクトの投資効果を示して報告するという欧米型の報告スタイルを鵜呑みにしてはいけません。プロジェクト一つ一つのROIを事前に確定してプロジェクトが承認されているわけではなく、プロジェクト開始時にはあらゆる角度からベネフィットを検討してプロジェクトをスタートさせているのです。完成後成功したら利益ベースで報告するのが欧米風です。日本との違いは、日本の経営陣がIT投資に確実なROIの計画を求めていることです。ROIが確約されている稟議しか通せない経営陣にはイノベーションの価値は理解されないでしょう。約束された経費削減なんてどうやってもイノベーションには繋がらないからです。どんな先進的な技術も、データや技術の本質的な価値を理解しないでコスト削減としか報じないIT音痴のマスコミにも責任の一端があります。前出のAmazon Goも同様ですが、技術に伴うROIを喧伝することは厳に慎むべきだと思います。

 

2025年の崖問題は人材に集約される。

DXレポートで一番注目されたのが2025年の崖です。崖なのでそのまま進むと落下して大怪我をしてしまいます。崖は埋めることもできないし、勝手に崩れてしまうかもしれません。全体の人材構成からみた人材不足は推し隠すことはできません。さらに深刻さを増しているのは、国際的な取引を有するほとんどの企業が利用しているSAP R3の保守終了です。標準形のSAP R3であれば標準の変換ツールによってHANA S4へのマイグレーションは支援されます。しかし従来型のビジネスプロセスに対応させるために深く広くカストマイズされたR3のマイグレーションはユーザーの責任となっています。企業がIFRS対応を進めて行く中で複雑なデータモデルを設計することができなかったために採用されたパッケージですが、企業側がビジネスプロセスを変えることができないために大きなカストマイズが加えられています。ビジネスプロセスを変えることができないのであればパッケージを利用すべきではありません。しかしIFRS対応は欠かせないなかでの苦肉の対応が不良資産化を招いています。このカストマイズされたパッケージのマイグレーションは非常に多くの人材を吸い込んで行くことが予想され、人材不足に拍車をかけます。そのうえこのシステム更改は、HANAの機能を活かすわけではなく従来と同じ機能をそのまま実行できるようにされることが予想されます。それでは、大きな費用をかけても何も変化が起こらないし新しい価値は生まれない。

 

最後に、余談だけれどインメモリーデータベースのシステム価値は非常に高い。データアクセスの高速化というだけではなくこれまでのデータベーストランザクションシステムを大きく変革する可能性を持っている。トランザクション革命はインメモリーブロックチェーンによってなされると思う。