イノベーションの風に吹かれて

山下技術開発事務所 (YAMASHITA Technology & Engineering Office, LLC)

「人工知能が金融を支配する日」

金融業務について少し調べてみたいという動機で読み始めたもののうちの一つ。金融業務のバックエンド・テクノロジーといえばフラッシュ・ボーイズみたいな超高速取引(HFT)とかリーマンショックを引き起こしたリスク評価手法のマジックくらいという認識だった私。この本も読み始めは、もはやありきたりになったフラッシュ・ボーイズをまとめたくらいの内容かな、と思ったがなかなかよくまとまっていてとても参考になった。たしかに金融市場では大量なデータを高速に斬新な手法で解析しているテクノロジー集団には人間の経験と勘はあまり通用しなくなっていくのだろうな、とタイトルにも納得。
フラッシュ・ボーイズのような超高速なアルゴリズム取引は裁定取引と言われる市場の裏をかいた取引形態で超高速後出しジャンケンをやっている、胡散臭さ満載なので漸く規制対象となるようだ。次い紹介されるのは「ルネサンス」が実施している数理的なパターン認識を活用したもので、暗号化アルゴリズム音声認識の技術を使って市場のミクロな動きを予想するというものでIBMからは音声認識技術の研究者が転職したらしい。IBMからの転職でマーケットをあっと言わせたのが「ブリッジウォーター」。転職したのはIBM Watsonプロジェクトのフェルッチ氏だ。Cognitive技術を用いてピュア・アルファという動向を見つけるという。金融市場では市場変動並みの動きをすることをベータといい低リスク投資の市場を指しているが、市場変動を大きく超えて市場平均を上回る利益(損失)をもたらす動きのことをアルファというらしい。フェルッチ氏はIBMで開発したCognitive技術を利用して確実にピュアアルファの動きをつかもうとしているらしい。反対にスマート・ベータという解析技術も開発されていて平均的な市場ポートフォリオに対する小型株やバリュー株などのアノーマリーを検知する3ファクターモデルなどが利用されている。「ツー・シグマ」にはGoogleニューラルネットを開発していたアルフレッド・スペクター氏が参加し市場データを深層学習してモデルを構築して超高速取引市場での優位性を証明している。ここまで紹介したのは市場の数日から数週間のミクロな動きを予想する技術だが、対して「リベリオン・リサーチ」は金融技術を数年にわたる長期予想に役立てようとしているということだ。
金融業務のバックエンドにおける技術利用だけではなく、投資相談などの業務に人工知能を利用して広く個人投資家に市場参加してもらおうというのが「ウェルス・フロント」のロボ・アドバイザーだ。個人投資家の個人的な行動や性格を理解して顧客特性情報を利用したプロファイリングによってアドバイスの方針を決めている。また、これまでのリスク評価で利用されてきたZスコアやマートンモデルは大手企業を評価するための手法だったが、大量データを解析できるビッグデータ技術はリテール市場におけるリスク評価(信用評価)を可能にし、クレジット与信のスマート化やピア・ツー・ピア・レンディングなどに活用できるとしている。
後半はCognitive技術やニューラルネット技術による深層学習などの一般的な技術解説なので、ご存知の方は読み飛ばしてもいいと思います。
著者は櫻井豊(RPテック取締役)金融業務に活用される数理技術を熟知した実務家だそうです。Worth to read.
https://www.amazon.co.jp/dp/4492581081