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イノベーションの風に吹かれて

外資系ITエンジニアの筆者が日々感じたことや将来のことなど書き連ねます。

生と死、善と悪、自由と統治

生と死は、対立する概念ではなく、むしろ連続したものへと変わっていく。7割生きていて、3割死んでいる。そんな未来の人間の姿をデザイン・シンカー、池田純一氏が描き出す記事。そうして、カーツワイルのポストヒューマンで語られているのはブレインアップロードの可能性だ。脳から直接の制御を受け付けることのできる義手や義足、フィードバックの仕組みも研究が進むとそのデジタルインターフェースは義手と義足が身体とのコンタクトを持っていない、リモート接続もあるだろう。さらに義手や義足というデバイスだけではなく記憶装置だって脳との直接のインターフェースが取られるのであれば、外部記憶と外部記憶への記憶のアップロードだってありうるのだ。

松田卓也氏が解説するのは、意識という存在。

チューリング・テストに異議を唱えたのが、哲学者のジョン・サールです。サールは、人工知能は意識をもつことはできない、ということを証明したかったのです。これに対して、カーツワイルはこう反論します。自分の脳細胞は、シナプスニューロンも英語なんてわかっていない。けれども、わたしは英語の質問がきたら英語で返せる。君はわたしが英語を理解し、かつ意識があると思うだろう?と。あなたに意識があるとわたしが判断するのは、わたしが質問してそれに対してあなたがもっともらしい答えを返してくるからです。つまり、意識とは入力と出力を変換する「応答関数」にすぎないと、わたしは思います。

http://wired.jp/2014/12/30/life-and-death-vol14/

http://wired.jp/special/transcendence/

 

善と悪、自由と統治などは二元的に捉えてはいけない、相互に依存すると。つまり善が円の中心にあって、善なのか悪なのかと評価する単視眼的な位置付けではなくて善と悪の二つの焦点を持った楕円の構造なのだと。そういった議論から合理的な科学技術と人文社会のリベラルアーツも同様に楕円形の構造であるのだと。すぐに役立つものはすぐに役に立たなくなると、今の大学改革を憂いておられる。
いろいろ考えて、納得。

猪木 武徳(いのきたけのり) Takenori Inoki
経済学者

1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』など

http://toyokeizai.net/articles/-/132275