イノベーションの風に吹かれて

山下技術開発事務所 (YAMASHITA Technology & Engineering Office, LLC)

限界費用ゼロ社会 モノのインターネットと共有型経済の台頭


競争的な市場主義によって極限まで生産性を上げてきた結果、生産に関わる限界費用がゼロに近づく社会において資源やサービスを共有する経済モデルへの移行が必要だという論。産業革命以来の資本主義の歴史をひもときながら、資本に対する生産の従属、垂直統合された自然な独占が限界費用がゼロに近づくことで瓦解し立ち行かなくなることを指摘する。MOOCのように無償化する高等教育、生産と物流に大きな変化をもたらす3Dプリンターによるインフォファクチャリング、マイクロ発電所と送電網の構築など新しい協働型の社会インフラはすでに羽ばたき始めている。分散、協働、水平展開型のピアツーピアネットワークによる、通信とエネルギーと物流の三つのインターネットによって構成されるIoTネットワークが協働型の共有型経済を推し進めていくという。所有からアクセスへの変革を唱え、あらゆる生物圏に共感を広げると主張している。
フリーソフト活動家のリチャード・ストールマンによる「フリーというのは無料のビールというような意味ではなくて、表現の自由という意味のフリーだ。」なんていう懐かしいのも登場する。再生可能エネルギーによるマイクロ発電所をIoTネットワークで自律分散制御するということが共有型経済社会の構築のキーとなると言っている主張は、エネルギー政策を解放するという意味で、私がよく言ってる電力アナーキズムと同じで大いに賛同したい。


限界費用ゼロ社会 モノのインターネットと共有型経済の台頭
The ZERO Marginal Cost Society - The Internet of Things and the Rise of the Sharing Economy
市場資本主義から協働型コモンズへの一大パラダイムシフト

 


競争的な市場主義が新たな競争者を生み出して生産性を極限まで上げてきた。限界費用よりも高い価格で買わせようとすることで利益の最大化を図る資本主義的企業も、コモディティ化に伴う価格の低下によって利益は失われてしまう。作者→著作→構成・編集→印刷・製本→流通→読者という流れがインターネット出版によって作者から直接読者に原価で届くというパラダイムでは情報の流通に関わるコストが極限まで低下している。現代の協働化する社会では、利権によって歪んだ需給管理を行うような政府による産業のリードも効率化を追い求め垂直統合した自然な独占企業も拒んでいる。
経済活動によって消費エネルギーは散逸してエントロピーだけが増大し続けるというのが、より良い社会なのか。所有よりも共有しているものへのアクセスを選択することで、リサイクルを促して利用効率とライフサイクルを伸ばすことでGDPの損失を招いてしまう。GDPは経済の指標として意味を持たなくなる。
IoTはコミュニケーションとエネルギー、輸送の三つのインターネットによって熱力学的な効率と極限生産性を目指す存在である。そこでは参画の協働型の関係が多様で強固なほど起業家として深く関与できる、という社会起業家が登場している。ドイツにおいては分散型再生可能エネルギーの生産目標20%を達成し2020年には35%を実現しようとして、IoTインフラにどこでもアクセスできる社会を目指している。

1)資本主義の歴史
封建社会の人力による農業中心の経済が貨幣、水車、印刷、石炭火力の登場によって効率化を果たしていく一方で、道具による生産性の向上と道具の独占が資本に対する生産の従属を呼んでしまう。さらに、電気の発明によって自動車の生産と輸送手段に革新が生まれ巨大な独占企業を生んだように、道具の生産効率を求めることで垂直統合化した自然な独占が生まれてしまう。
資本主義社会において職人は道具を資本家に奪われ、賃金の形で一部しか取り戻せないという搾取の構造を避けられない一方で社会主義的な政府主導の利権によって需給をコントロールすることも拒否したい。
インドの指導者ガンディーの主張:村の自治を表すスワデジは資本主義への批判と共同体経済の重要性を主張するもので、自給自足のローカルコミュニティで非中央集権的な経済を営むことで物質主義的追求から道徳的精神的追求へと変化させるものである。蒸気機関農奴を労働者にして資本が利潤を追求できるようにしたが、IoTは人間を資本主義から解放し非物質的な利益をシェアできるようになるだろう。

2)限界費用ゼロ
労働生産性が極限まで向上する。1995年Jeremy Refkin著「大失業時代」
機会が労働を担えるほど賢くなったら、つまり資本が完全に労働に取って代わる時代になる。Mark J. Perry: American Enterprise Instituteの統計によると、2007年GDP 13兆3200億円労働者数1億3856万人が世界的なリセッションを通じて効率化を果たし、2012年GDP13兆6000億円(2.2%増)労働者数1億4240万人(384万人減)を達成した。さらに人工知能知識労働者すらも不要にする存在である。
☀3D Printer = Inforfacturing 「ATOMは新しいbitである。」
①人間の手作業によらない②オープンソース化された設計③高効率な積層型構造が従来の生産より10分の1の材料で生産できる(Subtractive Manufacturing→Additive Inforfacturing)④保守部品や特注部品の生産コストが大量生産コストと比較して変わらない⑤再生利用可能性⑥地域分散が可能でエネルギーインターネットに接続しやすい場所での生産が可能⑦再生可能エネルギーを輸送に使う
限界費用ゼロの教育
協働の時代に学習はクラウドソーシングの過程とみなすことができる。教育のオープン化を進め、水平型の教育、奉仕活動と結びつくサービスラーニングの実施。
MOOCの特徴①自分のベースで学習できる講座の構成②生徒同士の採点による演習と習得③政治観や地理的なギャップを超える実在の(バーチャルな)学習グループ
☀エネルギーのプロシューマー:IoTによってシェアされるエネルギー
Green Button: Open Data for Energyなど利用者がデータを用いて利用法を決定できる。
マイクロ発電所が町中に建築されて、IoTインフラストラクチャに容易にアクセスすることができるようになる。それが分散、協働、水平展開が可能なピアツーピアなエネルギーの需給ネットワークを構成するようになる。

3)協働型コモンズ
☀情報や資源の囲い込みを拒否するフリーソフトウェア運動の拡大
周波数帯域のオークションが通信会社による資源の囲い込みや遺伝子情報の特許という形での囲い込みを避ける自由(フリー)化が、帯域、情報、エネルギー、インフォファクチャリング、高等教育、ソーシャルマーケティング、スマートな輸送などをネットワーク化した新しいコモンズによる統治への移行を促していく。
Free as in “free speech”, not as in “free beer”といったのはフリーソフトの父Richard Stallmanだ。著作権を残しつつ再配布を可能にするコピーレフト運動は、資源の囲い込みを拒否する共有型の社会を築く道のりである。旧来の資本主義的、社会主義的な囲い込みをする古いコモンズを解放して、新しい分散、協働、水平展開型のピアツーピアなIoTネットワークによる開かれたコモンズによる統治が望まれる。
☀IoTネットワークは誰のものか
コミュニケーションとエネルギー、輸送の三つのネットワークからなるIoTは社会の動向に関するすべてのデータを蓄えて分析可能にするものになる。このIoTネットワークのガバナンスを握るのは政府でも資本主義的企業でもなく社会的に共有されたコモンズであるべき。政府はロシアやウズベキスタンのように「インターネットの公共問題に関する政策決定権は国にある」というような的外れな主張をするし、企業はAT&TやドイツテレコムのようにOTT事業者を差別したり、独自の回線で帯域を占有したりする。これは価格の差別化によって我儘にふるまいインターネットの中立性を損なっており、サービスプロバイダーは合法なトラフィックを差別してはいけないと指摘する。また、ソーシャルネットワークが巨大な個人情報の鉱脈となってソーシャルメディアが中央集権型に占有するのであれば、第二次産業革命後の企業と変わらないイノベーションの阻害要因となる。
☀電力コモンズ
ニューディール政策下の電力インフラの公共事業の不採算地域への展開と協同組合による運営は米国の国力を強化し米社会の発展を支えてきた。農村電力協同組合は7万人の従業員を擁して地域に電力を原価で提供している。協同組合による運営は電力だけにとどまらず、金融、住宅、小売、保険、通信などに広がる可能性がある。協同組合による統治は、利益を追求する民間会社が限界費用がゼロで戦っても勝てないので、将来的には中央集権型のあらゆるものの終焉を予想できる。一方でコミュニケーションとエネルギー、輸送の三つのネットワークからなるIoTネットワーク協同組合に加入することで得られるものは莫大で比類ない。

4)社会関係資本と共有型経済
☀シェアする社会
IBMにいたこともあるコンサルタントのレイチェル・ボッツマンがシェアする社会を4段階で発展すると予測している。①プログラマーがCODEをシェアする②FacebookTwitterでLIFEをシェアする③YouTubeFlicker’でCONTENTSをシェアするという段階を踏んで発展してきた共有型社会は④あらゆる資産をオフラインでシェアできる状態まで発展するという。テクノロジーがグローバルなIoTネットワークにおける信頼関係を作ることができ、その信頼がIoTネットワークにおける通貨となる。
☀共有型企業の登場と旧来型事業の終焉
自著「Age of Access」所有からアクセスへ。市場や財の交換を過去のものとする。カーシェアリングによって稼働率とライフサイクルが飛躍的に伸び限界費用に近づいていく。オープンソース型の経験に基づく医療情報ネットワークが保険医療を改革する。ソーシャルネットワークの信頼スコアが市民権を得て、通貨を民主化していく。すでに地域だけで通用するマイクロ通貨や国境域境を超えるビットコインなど民主化の動きは早い。TV CMは許せるが画面に突然現れるポップアップ広告には殺意を感じると、広告モデルも終焉を予想される(10%効果:消費者が10%消費を減じて共有を増やすと広告企業は破綻する)。
☀新しい企業
アウトドアファッション企業のPatagoniaのように社会的目標を掲げて営業するベネフィットコーポレーションが市場経済と協働型コモンズの二層化に対応する。共有型社会を建築するための電力ネットワークなどの新しい社会インフラを作る需要は高く、ベネフィットコーポレーションの雇用は増大していく。その後多くの労働者は非営利の協同組合に移行すると考えられている。

5)ABANDANCEー潤沢さの経済
☀二つのFREE
限界費用がゼロになって無料であることのフリーと希少性の束縛からの解放を意味するフリーが幸福さを変革する。物の所有を中心とした社会においても所有物の増加は幸せをもたらさず、渇望と喪失だけが増えてしまう。分散、協働、水平展開型のピアツーピアネットワークにおける共有と承認の広がりが、共感をあらゆる生物圏に広げることができる。キーとなるのはマイクロ送電網による電力ネットワークである。
☀二つの不確定要素
①Global Warmingと②Cyber Terrorism

★日本
ドイツ首相のメルケル氏はリフキン氏を顧問に招聘し、共有型社会への変革について助言を求めた。日本はそうしたことに興味を持っていないようだ。日本の通信は限界費用に近づいているが、電力は中央集権的なままで輸送も同様である。早急な気づきが必要だと警鐘を鳴らす。